2  EHDSの概要と背景

2.1 背景と目的

EHDSは、2020年のCOVID-19パンデミックの教訓と、2020年2月に発表された欧州データ戦略を背景に構想された[1]

主な目的は以下の通りである[1], [2]

  • 患者の権利強化とデータ主権
  • 医療の質と効率の向上
  • 研究・イノベーションの促進
  • 産業競争力の強化

2.2 二つの利用形態

2.2.1 一次利用(Primary Use)

患者と医療従事者による直接的な医療データ活用:

  • 電子処方箋の越境利用
  • 患者サマリーの共有
  • 検査結果へのアクセス
  • 医療画像の共有

2.2.2 二次利用(Secondary Use)

研究、政策立案、イノベーションのためのデータ活用:

  • 臨床研究・疫学研究
  • 医薬品・医療機器開発
  • AI/機械学習モデル開発
  • 政策効果の測定と評価
  • 医療システムの最適化

2.3 EHDSの法的根拠

事実:EHDS規則(EU 2025/327)は2025年3月5日に欧州官報(Official Journal L 76/1)に掲載され、掲載から20日後の2025年3月26日に発効した[3]

この規則は、以下の既存EU法と連携して機能するとされている[1], [3]

  • GDPR(一般データ保護規則):個人データ保護の基本原則
  • 医療機器規則(MDR):医療機器の安全性と性能
  • 体外診断用医療機器規則(IVDR):診断機器の規制
  • データガバナンス法:データ共有の枠組み
  • データ法:データへのアクセスと利用

2.4 EHDSの野心的目標

欧州委員会の2022年提案文書および影響評価報告書によると、EHDSを通じて以下の経済効果を見込んでいる:

  1. 2030年までに全EU市民の電子健康記録へのアクセス実現(EU2030デジタル目標の一部)[4]
  2. EHRシステム認証コストの削減:製造業者あたりの認証コストを2万~5万ユーロから1.2万~3.8万ユーロへ約30%削減[1]
  3. 経済効果の推計:影響評価報告書では、今後10年間で少なくとも10.8億ユーロの経済効果を推計(一次利用から5.4億ユーロ、二次利用から5.4億ユーロ)[2, pp. 69–70]
  4. 市場成長予測:デジタルヘルス製品市場の年間20-30%成長、ウェルネスアプリ市場の年間15-20%成長を予測[2, pp. 54–55]

2.5 実装フェーズ

事実:EHDS規則は以下の公式タイムラインで実装される[3], [5]

  • 2025年3月:規則発効
  • 2027年3月:規則適用開始、実施法令採択期限(発効から2年後)
  • 2029年3月:第1グループ優先カテゴリー(患者サマリー、電子処方箋)および二次利用規定の適用開始(発効から4年後)
  • 2031年3月:第2グループ優先カテゴリー(医療画像、検査結果、退院報告書)および遺伝子データ等の適用開始(発効から6年後)
  • 2034年3月:第三国のHealthData@EU参加申請開始(発効から9年後)

gantt
    dateFormat  YYYY-MM
    title EHDS実装スケジュール
    
    section 規則制定
    規則発効                :done, 2025-03, 1d
    
    section 準備期間
    実施法令策定            :active, 2025-04, 2027-03
    加盟国準備期間          :2027-03, 2029-03
    
    section 段階的実装
    第1グループ適用開始    :2029-03, 2031-03
    第2グループ適用開始    :2031-03, 2034-03
    
    section 国際展開
    第三国参加受付開始      :milestone, 2034-03, 0d

EHDS実装タイムライン(公式スケジュール)

Note

注記:このタイムラインは規則で定められた法的期限だが、技術的・組織的複雑性により遅延の可能性も指摘されている。

2.6 国際的な影響

EHDSは、EU域内だけでなく、グローバルな医療データ標準に影響を与える可能性が高い[1], [6]

  • 標準化の波及効果:FHIR、HL7などの国際標準の採用促進[7]
  • 規制のブリュッセル効果:GDPRと同様の世界的影響
  • 市場アクセス条件:EU市場参入にはEHDS準拠が必須に[3]
  • 国際協力の枠組み:第三国との相互運用性協定[6]