改正次世代医療基盤法:医療データ活用の新時代に向けた法的枠組み

はじめに

2024年4月1日、改正次世代医療基盤法が施行され改正次世代医療基盤法を政省令・ガイドラインを踏まえて解説 - BUSINESS LAWYERS)、日本の医療データ利活用が新たなステージに入った。この法律は、国民・患者の皆様の個人情報を、個人を特定できないように加工し、新薬や治療法の開発に役立てるための法律である。情報を安全に管理し、目的にあった利用をするため、国が認定した事業者に対してのみ医療情報が提供される。(内閣府健康・医療戦略推進事務局:次世代医療基盤法について)。本記事では、次世代医療基盤法の概要、改正内容、現状の課題、そして今後の展望について詳しく解説する。

次世代医療基盤法とは

法律の正式名称と目的

次世代医療基盤法の正式名称は「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律」である。この法律は個人情報保護法の特別法として2018年5月に施行され、以下の目的を掲げている(令和6年4月に改正次世代医療基盤法が施行されました|Deloitte Japan)。

  • 健康・医療に関する先端的研究開発の促進
  • 新産業の創出
  • 健康長寿社会の形成への貢献

基本的な仕組み

1. 医療情報の収集段階

政府広報オンラインによると、「認定事業者が、医療機関から患者の医療情報を収集する」(政府広報オンライン:一人ひとりの医療情報が"明日の医療"につながります)。認定事業者とは、「国が認定する信頼できる事業者で、医療分野の研究開発や情報セキュリティ、医療情報の匿名加工などに精通している」(同上)。

2. オプトアウト手続き

医療機関では、「患者が最初に受診した時に、医師や看護師などから医療情報の提供について書面による通知が行われる」(同上)。内閣府の説明では、「一定の要件(書面を用いた通知等)を満たす丁寧なオプトアウト(あらかじめ通知を受けた本人又はその遺族が停止を求めないこと)により、医療機関等から認定作成事業者へ要配慮個人情報である医療情報を提供することが可能」(次世代医療基盤法がより良い制度となるために | 医薬産業政策研究所)とされている。

3. データ加工・保管段階

政府広報オンラインによると、「認定事業者は、複数の施設から医療情報を収集し、暗号化して保管」し、「患者の氏名や住所など特定の個人を識別することができる情報は提供されない」(政府広報オンライン)。

内閣府の公式説明では、本法は「デジタル化した医療現場からアウトカムを含む多様なデータを大規模に収集・利活用する仕組みを設ける」(内閣府健康・医療戦略推進事務局:次世代医療基盤法について)ものである。

4. データ提供・利活用段階

政府広報オンラインによると、「医療分野の研究開発の要望に応じて、必要な情報のみを研究機関や企業などに提供」される(政府広報オンライン)。

2024年の改正内容

改正の背景

2018年の施行から約5年が経過したものの、内閣府の担当者は「正直に言えば、十分に使われているという状況ではありません」と率直に述べているように(2024年製薬ビジネスの展望を産官学の有識者が解説 | DATA INSIGHT | NTTデータ)、利用実績は限定的であった。これまでの利用実績は二十数件と少ない状況(次世代医療基盤法の見直し | 週刊 経団連タイムス)を改善するため、法改正が行われた。

主な改正点

改正次世代医療基盤法では、以下3つの重要な変更が行われた:

1. 仮名加工医療情報の利活用制度の創設

  • 匿名加工医療情報:完全に個人を特定できない状態に加工
  • 仮名加工医療情報(新設):特定の状況下で元の情報に遡ることが可能

改正前に利用されていた匿名加工医療情報は、匿名加工前の情報に遡ることが不可能であったため、薬事承認申請に利用することができなかったという課題が、仮名加工医療情報の導入により解決された(次世代医療基盤法がより良い制度となるために | 医薬産業政策研究所)。

2. 公的データベースとの連結解析

次世代医療基盤法に基づく匿名加工医療情報と、匿名医療保険等関連情報データベース(NDB)、介護保険総合データベース(介護DB)、匿名診療等関連情報データベース(DPCDB)といった公的データベースとを連結解析できる状態(連結可能匿名加工医療情報)で、研究者等に提供できるようになった(令和6年4月に改正次世代医療基盤法が施行されました|Deloitte Japan)。

3. 医療情報取扱事業者による次世代医療基盤法に関する施策への協力(努力義務)

次世代医療基盤法に関する施策に協力することへの努力義務が課せられるようになった。これにより、急性期病院以外の医療機関からのデータ収集拡大が期待されている。

現状の課題と問題点

利用実績の低迷

次世代医療基盤法に基づいたデータ利活用は、2020年10月頃からいくつかの民間企業や大学研究機関で行われるようになったが、依然として医療情報の利活用が活発になったとは言えない状況が続いている(次世代医療基盤法がもたらす医療情報の利活用推進への期待 | PwC Japanグループ)。

主な課題(いくつかの議論で挙げられている課題をリスト)

  1. 利用可能な医療情報の量の不足:利用可能な医療情報の量が少ないことが課題として挙げられる(次世代医療基盤法がもたらす医療情報の利活用推進への期待 | PwC Japanグループ
  2. 医療機関の参加の偏り:認定事業者へ医療情報を提供する医療情報取扱事業者は急性期病院が中心となっており、多様な医療情報取扱事業者からの協力が必要という課題がある(令和6年4月に改正次世代医療基盤法が施行されました|Deloitte Japan
  3. 匿名加工に伴う技術的課題:医療情報を匿名加工する際には、特異値をはじめ研究などに重要な情報を削除し、データから個人の識別ができないようにしなければならず、これが利活用にあたっての難点となっている(次世代医療基盤法の見直し | 週刊 経団連タイムス
  4. 事業者の経済的課題:認定医療情報等取扱受託事業者の収支が赤字となっている点が国会審議でも議論された(次世代医療基盤法がより良い制度となるために | 医薬産業政策研究所

個人情報保護との兼ね合い

今回の改正で利用可能となる仮名加工医療情報は、匿名加工医療情報と比較すると、個人識別の可能性が高くなるため安全管理措置に係る厳格な基準策定の附帯決議が附された(次世代医療基盤法がより良い制度となるために | 医薬産業政策研究所)ように、利便性の向上と個人情報保護のバランスが重要な課題となっている。

医療DXとの関係

医療DX推進との連携

2024年度の医療DX推進の予算として、2023年度より大幅に多い166億円の概算要求が出されていた(次世代医療基盤法がより良い制度となるために | 医薬産業政策研究所)など、政府は医療DXの推進を積極的に進めている。

さらに診療報酬面でも医療DX推進が加速しており、2025年4月から医療DX推進体制整備加算の要件が大幅に厳格化され、マイナ保険証利用率の基準値が最大45%まで引き上げられ、電子処方箋の導入が施設基準として求められる NikkeiM3ようになった。これにより、医療機関における医療DX対応が事実上の必須要件となりつつある状況である。

このような予算・制度両面での強力な後押しにより、次世代医療基盤法に基づく医療データ利活用環境の整備が急速に進展することが期待される。

次世代医療基盤法は、この医療DX推進の重要な要素として位置づけられており、医療DXの推進は、現時点では主に一次利用を想定しており、二次利用の環境整備は2030年頃と予定されている(次世代医療基盤法がより良い制度となるために | 医薬産業政策研究所)中で、医療データの二次利用基盤として期待されている。

全国医療情報プラットフォームとの関係

政府が推進する「医療DX令和ビジョン2030」では、全国医療情報プラットフォームの創設が重要な柱の一つとなっており、次世代医療基盤法との連携が今後の課題となっている。

今後の展望と期待

医療研究開発への影響

改正法により、以下の分野での活用拡大が期待されている:

新薬開発:リアルワールドデータ(RWD)を活用した治験の効率化

改正次世代医療基盤法では、希少疾患や特異な検査値なども含めたRWD(リアルワールドデータ)を活用した幅広い研究活用が期待されている(2024年製薬ビジネスの展望を産官学の有識者が解説 | DATA INSIGHT | NTTデータ)。また、RWDを活用することで、研究開発が効率的に進むことが期待されており(健康医療データ・リアルワールドデータの活用に向けて | 日本製薬工業協会)、臨床試験の対照群をRWD(リアルワールドデータ)で代用することが可能となる(次世代医療基盤法がもたらす医療情報の利活用推進への期待 | PwC Japanグループ)。

医療安全:副作用や医療事故の早期発見

RWDから一人ひとりのさまざまな特徴に合った医薬品の安全性や有効性のエビデンス(科学的根拠)を創出して、医薬品のより適正な使用に役立てることができる(健康医療データ・リアルワールドデータの活用に向けて | 日本製薬工業協会)。また、未知の副作用の発見などを含めた幅広い活用への期待が寄せられている(次世代医療基盤法がもたらす医療情報の利活用推進への期待 | PwC Japanグループ)。

疫学研究:大規模コホート研究の実現

デジタル化した医療現場からアウトカムを含む多様なデータを大規模に収集・利活用する仕組みを設けることにより(内閣府健康・医療戦略推進事務局:次世代医療基盤法について)、従来困難であった大規模な疫学研究の実現が可能となる。

AI医療:機械学習用データセットの提供

次世代医療基盤法により収集される大規模医療データは、病気の早期発見や新薬の開発などさまざまな成果につながり、将来より良い医療を受けられるようになることが期待されている(次世代医療基盤法とは | DATuM IDEA)AI開発のための貴重なデータソースとなり得る。

国際競争力の向上

本邦において医療情報の利用を円滑に行う仕組みを構築するためには、各ステークホルダーの継続した議論が改正後も必要となる(次世代医療基盤法がより良い制度となるために | 医薬産業政策研究所)状況であるが、制度の改善により国際的な医療研究開発競争における日本の地位向上が期待されている。

学術機関への期待

医療情報を利用する研究に興味を持つ学生を増やすためにも、学術機関においてより多く利用される仕組みとなるための検討も求められる(次世代医療基盤法がより良い制度となるために | 医薬産業政策研究所)として、教育分野での活用も重要視されている。

まとめ

以上をまとめる。次世代医療基盤法の改正により、日本の医療データ利活用環境は大きく前進した。しかし、制度の真価を発揮するためには、以下の点が重要である:

  • ステークホルダー間の継続的な対話
  • 個人情報保護と利活用のバランス
  • 国際標準との整合性
  • 持続可能な運営モデルの構築

医療情報を積極的に使うことが、将来的には製薬会社の発展ならびに国民の健康維持・向上にも寄与していくことであろう(次世代医療基盤法がもたらす医療情報の利活用推進への期待 | PwC Japanグループ)。改正次世代医療基盤法が、日本の医療イノベーションを加速させる基盤として機能することが期待される。

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