Consideration of the Usefulness of Data Spaces and Data Collaboration Infrastructure in the Healthcare Field

1. はじめに

近年、医療分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が加速しており、特に電子カルテをはじめとするデータ連携基盤の整備が注目されている。政府は2025年度を目途にクラウド型病院システムの「標準仕様」を示し、2030年までに希望する医療機関が導入可能な環境を整備する計画を進めている。この取り組みにより、医療情報の効率的な管理と共有が期待されている(参考文献:病院の電子カルテ等のクラウド化・共有化、2025年度目途に国が | GEMMED)。

さらに、2025年には全国医療情報プラットフォームが運用を開始する予定であり、これにより医療機関間での情報共有が円滑化されることが期待されている。このプラットフォームは、地域医療の質向上と患者の利便性向上に寄与する重要な役割を果たすとされている(参考文献:全国医療情報プラットフォームの役割とは | CBパートナーズ)。

また、「医療DX令和ビジョン2030」では、2024年の診療報酬改定を踏まえつつ、2026年を見据えた包括的な取り組みが進められている。このビジョンは、医療の質の向上と効率化を目指し、デジタル技術を活用した新しい医療モデルの構築を目指している(参考文献:医療DX令和ビジョン2030のこれまでとこれから~2026年への備え | 富士通)。

本稿では、これらの背景を踏まえ、医療DXの推進における課題と展望について考察する。


2. 医療業界におけるデータ連携に関連する課題

2.1 挙げられてきた課題(現在取り組まれているものも含む)

  1. データの断片化
    • 医療機関ごとに異なる電子カルテシステムやデータフォーマットが使用されており、データの統合が困難。

    • 診療履歴、検査結果、投薬情報などが一元化されていない。

      参考文献:医療DX令和ビジョン2030 | 厚生労働省

  2. 地域間・機関間の連携不足
  3. データ活用の制約

2.2 医療業界特有の課題(現在取り組まれているものも含む)

  1. データ標準化の遅れ
  2. プライバシーとセキュリティ
  3. 中小医療機関のリソース不足

3. 電子カルテ情報及び交換方式の標準化の現状

3.1 推進されている取り組み

  • HL7 FHIRの採用:医療機関間やシステム間でのデータ交換を円滑にするため、国際標準規格であるHL7 FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)を用いたAPI接続の仕組みが検討・実装されている。この規格により、異なるシステム間でのアプリケーション連携が容易になる。参考文献:電子カルテ等の標準化について
  • クラウド型電子カルテの普及:2025年度を目途に、国がクラウド型病院システムの標準仕様を提示し、2030年までに希望する医療機関が導入できる環境を整備する計画が進行中である。参考文献:クラウド型病院システムの標準仕様
  • 標準化のガイドライン作成:電子カルテ情報の標準化を効率的に進めるため、国民、医療機関、保険者などの関係者が協力し、具体的なガイドラインが作成されている。参考文献:資料1:電子カルテ情報及び交換方式の標準化

3.2 課題と制約

  1. 導入コスト:電子カルテの導入には初期費用が大きく、特に中小規模の医療機関にとっては大きな障壁となっている。参考文献:電子カルテを標準化する4つのデメリット | Clinics Cloud
  2. 運用の複雑化:電子カルテ導入後、操作方法の習得や運用の慣れに時間がかかることが課題である。参考文献:地域医療におけるDX化のメリット・デメリット | FastDoctor
  3. 地域間格差:都道府県別の電子カルテ導入率に大きな差があり、都市部と地方部での普及状況が異なる。参考文献:医療関連企業向け|統計からみる市場動向 ~電子カルテの導入状況 | NKグループ

4. ナショナルレベルのデータ連携基盤の意義

4.1 患者中心の医療の実現

  • 診療履歴の一元管理患者の診療履歴や検査結果を一元化することにより、重複検査や治療を回避することができる。また、患者が異なる医療機関を受診した場合でも、必要な情報が即座に共有され、医療の質が向上する。この一元管理は、電子カルテや医療情報システムの活用により実現されている。他業界では、ERPによる一元管理が成功例として挙げられる。医療情報システムを専門とする企業も増えており、協調領域をナショナルレベルで標準化することで、社会全体のコストを抑えながら効果的な一元管理を実現できると考えられる。参考文献:医療業界向けERPはなぜ重要か医療情報システムとは?
  • 遠隔医療の推進地方や医師不足地域において、データ連携基盤を活用した遠隔医療が可能となる。患者データに基づく精度の高い診断と治療が実現し、異なる法人やシステム間で患者情報を統合する取り組みが進行中である。既存サービス、製品の中にも、異なる法人(システム)の患者情報を自動収集、統合することを例として挙げているものもある。参考文献:Vol.3 医療データ活用に向けた、患者情報の統合・一元管理

4.2 医療費削減と効率化

  • 医療資源の最適配分データ分析により、地域ごとの医療需要を予測し、医療資源を効率的に配分することが可能である。また、医療機器や薬剤の在庫管理を効率化することで、医療機関内外での資源の無駄を削減できる。これを企業横断的に実施することで、緊急時に企業間で資源を融通し合える体制が構築され、危機に強い社会の実現につながると考えられる。参考文献:医療業界向けERPはなぜ重要か 重複診療や不要な治療の削減

データ共有により、患者の診療記録や検査結果が即座に参照可能となり、無駄な医療費を削減する。院内のケースでは、診療録管理システムなどの導入により、これらの効率化が進んでいる。これを企業や病院を横断して実現することで、過去の患者記録に即した無駄の排除が可能であると考えられる。特に、異なる法人や病院をまたいだデータ連携は、患者が複数の医療機関を利用する際に診療の重複を防ぎ、より迅速かつ正確な診療を可能にする。このような取り組みは、地域医療連携ネットワークや国際的な標準規格(例:HL7 FHIR)を活用したデータ共有システムによっても推進されると考えられる。

参考文献:


4.3 医療データの利活用

以下では、医療データの利活用による改善事例を紹介する。これらの事例は必ずしもナショナルレベルの取り組みではないが、協調領域での共同の取り組みにより、二つの重要な効果が期待できる。一つはデータ量の増加による利活用効果の向上、もう一つは協調領域におけるコスト削減である。


5. 他分野の事例を医療分野に応用する可能性

5.1 ウラノスエコシステム

概要

ウラノスエコシステムは、日本政府が推進するデータ連携基盤構築の一環であり、官民協調によるデータ共有と利活用を目指した取り組みである。特に業界横断的なデータ連携を可能にすることを目的としている。

特徴

  1. 業界横断的なデータ連携政府、防災、教育、医療、産業など、複数の分野でデータを連携させる仕組みを構築している。これにより、国境や業界を超えたデータの統合が可能となる。 参考文献:
  2. 標準化と相互運用性データ共有には規格や標準が必要であり、ウラノスエコシステムはこれらも考慮した基盤として設計されている。これにより、異なる組織間でもデータの互換性を確保する。現在の事例は主に製造業を中心としたものだが、考え方自体はそれに特化したものではない。 参考文献:

5.2 DATA-EX

概要

DATA-EXは、分野を超えたデータ連携を目指すプラットフォームを実現するイニシアティブであり、データ提供者と利用者の間で安全で信頼性の高いデータ流通を実現することを目的としている。医療に強く関連がある議論として、DATA-EXの取り組みの中では、匿名化技術とアクセス権限管理を通じてデータセキュリティを高めるための議論も行われている。

匿名化技術やアクセス制御に関する議論

  1. 匿名化とプライバシー保護データの匿名化技術を活用し、個人情報を保護した形でのデータ共有を実現する。これにより、医療研究や臨床試験におけるデータ利用が促進される。
  2. アクセス権限管理とセキュリティデータ利用者ごとに異なるアクセス権限を設定することで、データの不正利用を防ぐ。この仕組みは、医療従事者や研究者が関与する複雑な医療データ管理に適している。

参考文献: データ社会アライアンスのホワイトペーパー

5.3 医療分野への適用可能性

  • 応用可能性
    • 既存の国内のデータ連携基盤は、多様なデータを共有する仕組みを想定している。医療情報(電子カルテ、診療データ、地域医療情報など)を含むデータ共有、医薬品や医療機器の研究開発、公衆衛生の向上に寄与する可能性がある。
    • DATA-EXで議論されているような匿名化技術やアクセス管理技術を応用することで、患者データの匿名化とアクセス権管理を基盤にした安全なデータ流通を実現できる可能性がある。これは、医療研究機関や製薬企業とのデータ連携を容易にし、イノベーションを促進する。
  • 課題と制約 ただし現在の適用事例では考慮されていない、医療関係固有の課題も想定される。以下に例を挙げる。
    • 医療データの特殊性(例:法規制、プライバシー保護の厳格さ)。
    • 医療機関間でのシステムの互換性や導入コスト。
    • データ利用における透明性と倫理的課題。
    • 医療データの匿名化技術の具体的な利用例が不足している。
    • 医療従事者や研究者間でのデータ共有における透明性と倫理的課題。
    • データ管理コストや技術導入の負担。

参考文献:


6. 医療業界における標準化の具体策

6.1. データ連携基盤と医療関連の国際標準の連携

6.1.1 FHIRとデータ連携基盤

FHIRは、医療データの共有と相互運用性を高めるために開発された国際標準であり、以下の点でデータ連携基盤と密接に関連する:

  • データ交換の効率化:FHIRのリソース形式はRESTful APIを採用しており、既存のデータ連携基盤の多くが対象としているデータプレーンプロトコルとの親和性がある。また、将来的にリアルタイムで医療情報を交換する際の発展にも期待できる。
  • 異種システム間の相互運用性:医療機関が異なるシステムを使用していても、FHIRを基準とすることで、データ形式の統一が可能となる。製造業のサプライチェーンにおける事例でもデータのスキーマに関する議論がありガイドラインとなっていたが、同様のことを医療業界においても考えることができる。

6.1.2 プロトコル標準化の重要性

データ連携基盤が効果的に機能するためには、FHIRのような医療業界における国際標準を包含する、あるいは対応したプロトコルの標準化が不可欠である。

  • 国内外の調和:国際標準を国内基盤に適用する際、日本独自の事情を考慮した医療データ標準化ガイドラインを策定し、国際規格との整合性を保つ必要がある。また、他業界(例:保険業界、製薬業界、IT業界)で用いられるデータ標準やプロトコルとも整合性を図り、医療データが多様な分野で活用される環境を構築する。
  • セキュリティとプライバシー:標準化されたプロトコルには、データ匿名化やアクセス権限管理の仕組みが組み込まれるべきである。これにより、個人情報保護法への適合が確保されるだけでなく、他業界とのデータ連携においても安全性が保証される。たとえば、保険業界との連携では、患者の同意のもとで匿名化された医療データを活用し、保険商品の開発やリスク評価に役立てることが可能である。
  • 異業種間の相互運用性:医療業界のプロトコル標準化は、他業界で使用されるデータ基盤やAPIと互換性を持つことも求められる可能性がある。たとえば、スマートシティの取り組みでは、医療データが交通データや環境データと連携することで、地域住民の健康管理や災害時の対応に役立つ可能性がある。

6.2. データ連携基盤の運用支援と標準化の適用

6.2.1 中小医療機関への支援

中小医療機関では、データ連携基盤やFHIRの導入が技術的・財政的に困難な場合がある。

  • 財政支援と技術支援:政策的に中小医療機関向けに補助金や技術サポートを提供し、標準化された基盤の導入を促進する必要がある。
  • トレーニングと専門人材育成:医療従事者に対し、FHIRやデータ連携基盤の運用に関する教育プログラムを実施する必要が生じることが予想される。

6.2.2 患者参加型データ活用

患者が自身の医療データを管理・共有できる仕組みは、データ連携基盤と標準化されたプロトコルの活用によって強化される。

  • FHIRを活用したポータルサイト:患者が自身のデータを閲覧・共有できるポータルサイトをFHIR準拠で構築することにより、自分自身でデータを利活用したり、様々なサービスで利活用されているデータの信頼性を自己確認することができる。
  • 健康アプリの統合:健康アプリがデータ連携基盤と連携することで、患者が日常的に収集するデータを医療機関と共有できるようになる。ただし、そのためには同意管理システムとの連携などほかにも考えるべきことが生じる。

6.3.2 官民連携の強化

医療関連データの利活用は、単なる市場原理に基づく利益追求だけでなく、公共の利に資する側面が強く、官民の緊密な連携が必要不可欠である。特に、政府、医療機関、IT企業が協力することで、データ連携基盤の構築がより効果的に推進される。

  • 公共データと民間データの融合公共データ(例:国民健康保険データ)と民間データ(例:ウェアラブルデバイスから得られる健康データ)を統合することで、個別化医療や地域医療の質向上、新たな医療サービスの創出が期待される。これにより、医療格差の是正や予防医療の推進といった社会的課題の解決が可能となる。
  • 標準化ガイドラインの共同策定官民が協力して標準化ガイドラインを策定することで、国内外でのデータ運用の調和が図られる。例えば、国際標準であるFHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)の適用を促進し、データの相互運用性を確保する取り組みが進められている。
  • 公共の利を重視した政策形成医療データの利活用は、個々の企業や団体の利益だけでなく、国民全体の健康増進という公共の目的に寄与する。日本経済新聞(2025年5月27日付)の報道によれば、政府は医療データの利活用を促すため、企業や自治体とのハブとして機能する基盤を構築し、データの一括契約を進めている。
  • セキュリティとプライバシーの確保官民連携によるデータ利活用には、個人情報保護法やGDPRなどの規制を遵守しつつ、データの安全性を確保する仕組みが求められる。匿名化技術、秘密計算、秘匿処理のような技術が持つべき役割の定義が求められる。

参考文献:


7. おわりに

国家レベルのデータ連携基盤の標準化は、医療業界において患者中心の医療、効率的な医療提供、そしてイノベーションの促進に大きく寄与する。他分野の成功事例を参考にしつつ、医療特有の課題に対応するための技術的・運用的な工夫を進めることで、持続可能な医療制度の実現が期待される。

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